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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3096号 判決

原告(反訴被告) 山下信一

右訴訟代理人弁護士 橋本雄彦

被告(反訴原告) 菊地鶴雄

右訴訟代理人弁護士 貝塚次郎

主文

原告(反訴被告)の請求を棄却する。

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金二九一、二〇五円を支払え。

訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という。)訴訟代理人は本訴につき、「被告(反訴原告、以下単に被告という。)は原告に対し金六七三、〇八〇円及びこれに対する昭和四一年四月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め反訴につき、「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき主文第二項同旨及び「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

原告訴訟代理人は、本訴請求原因並びに反訴に対する答弁等として、次のように述べた。

一、原告は、被告に対し、昭和三八年七月二〇日東京都文京区西青柳町一番地、家屋番号同町四番、木造瓦トタン葺二階建居宅兼店舗一棟建坪一一坪七合、二階六坪、及び四畳半一間(以下単に本件建物という。)を、賃料一ヶ月金二〇、〇〇〇円、権利金一、五〇〇、〇〇〇円期間を七ヶ年とする約で賃貸し、同日権利金の内金五〇〇、〇〇〇円を受領した。

二、そして右権利金の残金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払については、原、被告間において、原告が訴外日本出版株式会社(以下単に訴外会社という。)に対して負担する債務中右金額に充つるまで被告が原告に代って支払う旨を定めたが、被告は訴外会社に金三二六、九二〇円しか支払わなかったので、原告においてその余の金六七三、〇八〇円を支払った。

三、よって原告は、被告に対し、右金六七三、〇八〇円及び本訴状送達の翌日である昭和四一年四月二五日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告主張の第二、第四項の事実は認めるが、その余は争う。

五、被告が本件建物を明渡したことによって、当時本件賃貸借契約が中途で終了したが、これは被告が訴外首都高速道路公団(以下単に公団という)の立退き要求に応じ、公団との合意に基いて退去したことによるものであるから、むしろ被告の責に帰すべき事由による契約の中途終了というべきである。しかも被告は本件建物を明渡すに当って公団から営業補償金五八一、二五二円、借家人補償金一、一四二、四八七円、雑補償金六四、八二二円を受領している。右補償は権利金の有無多寡にかかわりなく決定交付されるものであるけれども、これは、被告が原告に対し本件権利金を支払うことにより、公団から本件建物の賃借人としての地位が認められたからであり、右補償金を受領した以上、原告に対し本件権利金を完済する義務がある。

被告訴訟代理人は、本訴に対する答弁並びに反訴請求原因等として、次のように述べた。

一、原告主張一、二の事実は原告が訴外会社に支払った金額の点を除いてすべて認める。

二、本件建物の賃借期間は昭和三八年七月二〇日から七年と定められていたが、東京都都市計画街路放射二六号線工事のため、本件建物は収去されることとなり、被告は昭和四〇年一二月末日その書店営業を停止し昭和四一年一月一五日本件建物を明渡した。

三、本件権利金一、五〇〇〇、〇〇〇円は、原告が予め取得すべき本件建物使用の対価に外ならないから右七年間で償却せられるべきところ、明間満了前に右の如く当事者の責に帰することのできない事由によって賃貸借契約が中途で終了したのであるから、原告は、被告の既払権利金中未経過期間に対応する金員を被告に返還する義務がある。

四、被告は、前記のとおり本件建物を明渡したので、本件建物の賃借期間を三〇ヶ月とすると、右期間に対応する権利金は金五三五、七一五円となるところ被告は原告に対し、金八二六、九二〇円(但し金三二六、九二〇円は、原告の訴外会社に対する債務の弁済として支払った。)を支払っている。

五、よって被告は原告に対し、右差額金二九一、二〇五円(反訴状には金二九二、一〇五円と記載されているが、その計算上誤記と認める。)の支払を求める。

六、原告主張の第五項中被告が、原告主張の補償金を受領したことは認める。その余は争う。

≪証拠関係省略≫

理由

一、本訴についての判断

原告主張一、二の事実は、原告が訴外会社に金六七三、〇八〇円を支払ったとの点を除き、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告において右金員を訴外会社に支払ったことが認められる。

しかして、本件建物賃貸借は、訴外首都高速道路公団の施行する東京都都市計画街路放射二六号線工事のため本件建物が買収収去されることとなり、被告が公団から、補償金の交付を受けて本件建物から立退いた結果、その頃賃貸借契約期間の中途で契約が終了するに至ったものであることは当事者間に争いがなく、これによれば、被告が公団から強制力を行使されるに先立ち、公団の要求に基きその補償金をえて立退いたとしても、被告の責に帰することのできない事由により、中途で契約が終了したものというべきである。

そこで原告が被告に対し、本件権利金残金六七三、〇八〇円の支払いを求めうるかどうかについて、判断する。

借地借家関係における、いわゆる権利金の形態と内容とは、概していずれも多岐不明確なものであるが、営業用建物の賃貸借においては、一般的に建物の場所的利益を享受する対価と見るべきところ、これを本件についてみるに本件全証拠によっても被告主張のように本件権利金が本件建物の借賃の前払と見ることはできず、却って、≪証拠省略≫によれば、(1)本件建物は、都心に極めて近いところにある営業用建物であり、これに付属する営業用什器一式とともに被告に賃貸され、期間満了の際は再契約をなすことも予想されていること、(2)その賃料一ヶ月二〇、〇〇〇円は近隣の建物のそれに比較して、低くはないこと、(3)本件建物で原告は、三〇年位「求我堂書店」を経営し、得意先も多かったこと、並びに被告は本件建物賃借後「有限会社求我堂書店新社」という原告の使用していた商号類似の商号で同種の営業をしていたこと等を認めることができ、これらの事実に弁論の全趣旨を併せ考えると、本件権利金は前説示したとおり営業用建物である本件建物の有する場所的利益享受の対価としての金員であるとみられるべきものである。そして、賃貸借契約期間が当初から七年と定められており、特段の事情の認められない本件の権利金については、通常これをその期間についての対価とし、期間の途中において、当事者の責に帰することができない事由により右契約が終了したときは、権利金を賃貸借期間を基礎として按分し、残存期間に相当する金額を返還する趣旨であったものと解するのが相当である。

これを被告の自認するところによってみると、残存期間五四ヵ月の対応金額は金五三五、七一五円となるところ、被告が原告に対し金八二六、九二〇円を支払っていることは当事者間に争いがないから、計算上被告は原告に対し金二九一、二〇五円を過払いしていることは明らかである。なお原告は被告が補償をえることができたのは、原告に対し権利金を支払うことによって賃借人の地位を保っていたことによるものであり、しかも、被告が本件建物の明渡に際し、公団から補償を受領した以上原告に対し、本件権利金を完済する義務がある旨主張するが、そのような筋合はないと考えられる。すなわち右補償等は、前記工事の施行のため被告が退去し、原被告間の賃貸借契約が終了して被告が賃借権を失うこと、すなわち、単に被告が賃借人であるという事実によって決定交付されるもので公団において被告が他に建物を賃借し、現在と同程度の営業を行うに必要な費用としてこれを補填するに過ぎないものであり、のみならず、右補償は被告が本件権利金を支払ったか否か、あるいはその額の多寡に関係なく決定交付されものであることは原告の自認するところである。また、原告としても公団から本件建物の所有者としての相応の補償を受け、しかも、建物所有者に対する補償については、自己使用の場合と他に賃貸している場合とでは区別されないことが≪証拠省略≫により認められるから被告に対しもはや、建物を使用させる債務を負担しないのであるから、被告が右補償を受預したことは何ら前記結論に消長を来すものではないというべきである。

以上の次第であるから、被告に対し本件権利金残額の支払を求める原告の本訴請求は理由がないといわなければならない。

二、反訴についての判断

本訴について述べたとおり、被告は本件権利金の内金八二六、九二〇円を原告に支払ったものの、契約が中途で終了した結果、その支払をなすべき金額は前示の如く金五三五、七一五円となるところ、結局金二九一、二〇五円を過払いしていることとなって同額の損失を蒙り(権利金の有無多寡と補償とが関係ないものであることは、前叙のとおりであるから、被告が本件補償をえたからといって損失なしということはできない。)これに対し原告は法律上の原因なくして同額の利益をえているというべきであるから、原告に対し、不当利得として、右金二九一、二〇五円の返還を求める被告の反訴請求は理由がある。

三、結論

よって、原告の本訴請求は失当として棄却し、原告に対し前記金二九一、二〇五円の支払を求める被告の反訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中橋正夫)

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